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福岡高等裁判所 昭和46年(ラ)124号 決定

抗告人 甲春英こと乙春英

右訴訟代理人弁護士 尾崎嘉昭

相手方 乙天海

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、抗告代理人は、「原決定を取り消す。長崎地方裁判所佐世保支部昭和四五年(タ)第九号離婚請求事件を京都地方裁判所に移送する。」との裁判を求め、その抗告の理由として述べるところは、別紙抗告理由書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断は次のとおりである。

(1)  論旨は、相手方の本籍地が中国大陸にあり、地縁的に中華人民共和国との結合が強いので、同人の本国法は中華人民共和国法というべきであるとの主張を前提として、中華民国民法を相手方の本国法とし、これに準拠してなした原決定を批難する。

しかしながら、分裂国家の国民の本国法を決定するにあたっては、国際私法が本国法を指定する趣旨に鑑み、いずれの地域を支配する実定法が当事者の当該身分行為に密接な関係を有するかの観点から、これを決定するのが相当と解せられ、本籍の所在地は右判定の一基準ではあるが、それだけで本籍地を現実に支配する国家の法に服しなければならない理由はない。

記録によると、相手方の本籍は福建省福清県であり、同人は、大正六年八月九日、同省高山市六十斗において出生したのであるが、大正一二年両親とともに来日し、以来今日まで引続き長崎県下に居住していること、そうして、当事者は、外国人登録法上いずれも中華民国を国籍とする中国人で、同国の実定法規に服しており、昭和一九年四月三〇日、長崎市で婚姻の式を挙げ、現に中華民国駐長崎領事館にその旨の身分登記がなされていることが認められる。右認定に反する資料はない。

右認定事実によると、住居所、過去の住居所、父母の住居所など、本国法決定に際しその判定基準とすべきその他の事項について、特に斟酌すべき事情の見当らない本件においては、右本籍地を基準とするよりも、客観的に表明された当事者の国家帰属意思を基準としてこれを決定するのが相当である。してみると、相手方の本国法は中華民国法というべきである。所論引用の最高裁判所判決は事案を異にし本件に適切でなく論旨は理由がない。

(2)  また、論旨は、中国における「姓」はわが国の「氏」の概念と異なるばかりでなく、抗告人は婚姻により相手方の姓を称したわけでもないから、当事者間には共通の称氏はない旨争う。

婚姻による氏の変更は婚姻の効力に関する問題であり、法例一四条には渉外婚姻の効力についての準拠法は夫の本国法と規定しているので、本件については中華民国法に準拠すべきところ、同国民法一〇〇〇条には「妻は、その本姓に夫の姓を冠する。入夫は、その本姓に妻の姓を冠する。但し、当事者が別段の約定をしたときは、この限りでない。」と規定している。しかして、記録によると、当事者間の婚姻は、入夫婚姻ではなく嫁娶婚であることが認められるので、当事者間に特段の約定が締結されていないかぎり、右規定により、妻たる抗告人は、夫たる相手方の姓を自己の本姓に冠すべきこととなる。そして、記録によると、抗告人は「甲春英」として外国人登録をなしていることが認められるけれども、他方前示中華民国駐長崎領事館における身分登記には抗告人の姓名が乙春英と記載されているのであって、右外国人登録の事実のみから当事者間に、称姓につき、特段の約定を締結したとは認めがたく、他に右特約の事実を肯認せしめるに足る証拠はない。してみると、抗告人は相手方の姓「乙」を自己の本姓の上に冠すべきこととなる。

ところで、我国における「氏」は、法律的にみると、人の同一性を表象し、その者を他から区別して認識せしめる手段たる性質を有するのであって、かかる見地からみると、中華民国民法における「姓」も我国の「氏」とかわりなく、両者の法律上の機能に差異はないものと解せられる。民族的慣習の相異から婚姻による氏姓の変更に違いがあるが、妻が自己の本姓に夫姓を冠する場合には、夫性は夫婦に共通する称姓で夫婦共同体の呼称というべく、我国における夫婦の称氏と同視し得べきもので、人事訴訟手続法第一条の適用基準となるものと解すべきである。以上と見解を異にする論旨は採用できない。

(3)  さらに、論旨は、渉外離婚事件については人事訴訟手続法第一条は適用がない旨主張する。

しかしながら、婚姻事件については、婚姻当事者以外の者が訴訟に関与することがあり、そのうえ特定の婚姻につき生ずる婚姻事件はこれを集中併合して統一的に解決し、後刻別訴を提起することを禁止し、その確定判決は第三者をも拘束するに至るところから、訴訟関係者に事件の係属すべき管轄裁判所を容易に間違いなく知らしめ、訴訟の進行を便ならしめる公益上の必要がある。かかる見地より人事訴訟手続法第一条は、通常称氏者の住所が夫婦共同体の本拠であるとの認識のもとに称氏者の住所地の裁判所を、その専属管轄裁判所としたものと解せられる。かかる趣旨に鑑みると、同条は我国の裁判管轄権に属する渉外婚姻事件についても適用があると解するのが相当である(最高裁判所昭和三九年三月二五日大法廷判決民集一八巻三号四八六頁参照)。してみると、所論もまた採用できない。

(4)  その他記録を検討しても、原決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当らず、人事訴訟手続法第一条を適用し、相手方の姓が当事者の共通の称氏として、本件訴の専属管轄を長崎地方裁判所佐世保支部とした原審の認定判断は正当である。

よって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 内田八朔 裁判官 藤島利行 前田昭)

〈以下省略〉

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